「飴(あめ)と鞭(むち)」は諺(ことわざ)でもよく使われる部類に入ることと思います。
甘やかす面と、厳しくする面を併用して、人をコントロールしようとすることのたとえで使われます。
それでうまく人をコントロールできて、コントロールする側、コントロールされる側ともに成果を出して相乗効果が出るならまだしも、コントロールする側は自分の手を汚すことなく、コントロールされる側ばかりが辛く苦しい目に遭い、しかも、手柄は全てコントロールする側のものになるというのは、いかがなものかと思いませんでしょうか?
また、あまりよろしくないことでしょうが、一方的に鞭だけで人をコントロールしようとする場面も、少なからず見受けられます。
当然、手柄はコントロールする側のものになる訳ですが、こういったことが日常化すれば、人が定着するはずもありません。
とはいえ、部下としてコントロールされる側においても、飴をもらえないなら、飴を自分で作る、探すといったことで、自分自身が耐えて乗り切ろうという精神も少なからず必要かと思います。
つまり、自分がある程度やり切ったら、自分で自分にご褒美を与えるといった、欲しいものを買う、食べたいものを食べる、飲みたい酒を飲む、気分転換に小旅行をするなど、自分で自分に飴を与えることも考え、精神面で強くなることも、自分が成長していく上で、必要不可欠かもしれません。
「飴と鞭」はうまく活用されるべきであり、非常にバランスが難しいでしょうが、コントロールする側が一方的過ぎてもよろしくありませんし、コントロールされる側も自分で自分をコントロールできる精神力も必要と思われませんでしょうか?
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